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東京地方裁判所 平成4年(刑わ)1997号〔2〕 判決

本籍

《略》

住居

《略》

職業

無職(元会社員)

被告人

X5

《生年月日略》

主文

被告人を懲役1年2月に処する。

この裁判確定の日から3年間右刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人は、大日本印刷株式会社(以下「大日本印刷」という。)公共機構営業本部営業第一部第一課長として社会保険庁発注にかかる印刷物の入札に関する業務等に従事していたものであるが、同社あるいは同業他社の従業員としていずれも同様に社会保険庁の右入札業務に関与していた大日本印刷公共機構営業本部長のH、同営業本部営業第一部長のX4、同社従業員のI、小林記録紙株式会社(以下「小林記録紙」という。)東京支店第一営業部長のJ、同社従業員のK、トッパン・ムーア株式会社(以下「トッパン・ムーア」という。)官公営業本部長(平成4年4月からは第三営業本部長)のL、同社官公営業本部営業部長代理(平成4年4月からは第三営業本部営業部長代理)のM、同社従業員のN、株式会社ビーエフ(以下「ビーエフ」という。)営業本部営業第二部第一課係長のX3、ビーエフと業務提携関係にある株式会社日立情報システムズ(以下「日立情報」という。)OA事業部第一営業部第二課長のX2と共謀の上、平成3年4月25日に社会保険庁が施行した支払通知書等貼付用シール(以下「シール」という。)Aタイプ347万4000枚及び同Cタイプ8万4000枚並びに同Bタイプ736万2000枚の各印刷納入に関する2件の指名競争入札並びに同年6月20日に同庁が施行したシールAタイプ3879万6000枚、同Bタイプ7770万枚及び同Cタイプ4359万6000枚の各印刷納入に関する3件の指名競争入札に、小林記録紙、大日本印刷、トッパン・ムーア及びビーエフの4社が指名業者として参加するに際し、公正な価格を害し、かつ、不正の利益を得る目的で、同年4月下旬ころ、東京都中央区八丁堀1丁目9番8号にある小林記録紙東京支店の会議室において、被告人、J、L、M、X2らが集まって協議し、「〈1〉同年4月施行分のシールAタイプ及び同Cタイプの入札並びに同年6月施行分の同Aタイプの入札についてはいずれも小林記録紙に落札させ、同社が落札によって得る利益を大日本印刷、トッパン・ムーア及び日立情報の3社に分配する。〈2〉同年4月施行分のシールBタイプの入札及び同年6月施行分の同Bタイプの入札についてはいずれもトッパン・ムーアに落札させ、同社が落札によって得る利益を小林記録紙、大日本印刷及び日立情報の3社に分配する。〈3〉同年6月施行分のシールCタイプの入札については大日本印刷に落札させ、同社が落札によって得る利益を小林記録紙、トッパン・ムーア及び日立情報の3社に分配する。〈4〉指名業者4社は、右話合いのとおりに落札させるためにJが各社に指示する価格で入札する。」旨合意し、次いで、同年4月施行分の各入札の際に各指名業者が入札すべき価格についてはJが右の合意をした日に同会議室で直接に、また、同年6月施行分の各入札の際に各指名業者が入札すべき価格についてはJがKを介して同月中旬ころ電話で、それぞれX2並びに大日本印刷及びトッパン・ムーアの各入札担当者に伝え、さらに、X2がビーエフの入札担当者であるX3に同社の入札すべき価格を伝達し、特定業者に落札させるために話合いが行われていて、そのための入札価格の連絡であることを知っていた同人もこれを了承し、もって、いずれも公の入札について談合した。

第二  被告人は、前記H、X4、J、K、L、M、X3、X2のほか、同社あるいは同業他社の従業員としていずれも同様に社会保険庁の前記入札業務に関与していた大日本印刷従業員のO、トッパン・ムーア従業員のP及び同Qと共謀の上、平成4年5月1日に社会保険庁が施行したシールAタイプ1135万2000枚及び同Cタイプ18万枚並びに同Bタイプ1909万2000枚の各印刷納入に関する2件の指名競争入札並びに同年9月1日に同庁が施行したシールAタイプ751万2000枚、同Bタイプ8509万8000枚及び同Cタイプ4347万枚の各印刷納入に関する3件の指名競争入札に、小林記録紙、大日本印刷、トッパン・ムーア及びビーエフの4社が指名業者として参加するに際し、公正な価格を害し、かつ、不正の利益を得る目的で、同年4月下旬ころ、前記小林記録紙東京支店の会議室において、被告人、J、L、M、X2らが集まって協議し、「〈1〉同年5月施行分のシール全タイプの各入札及び同年9月施行分の同Aタイプの入札についてはいずれも小林記録紙に落札させ、同社が落札によって得る利益を日立情報に分配する。〈2〉同年9月施行分のシールBタイプの入札についてはトッパン・ムーアに落札させ、同社が落札によって得る利益を日立情報に分配する。〈3〉同年9月施行分のシールCタイプの入札については大日本印刷に落札させ、同社が落札によって得る利益を日立情報に分配する。〈4〉指名業者4社は、右話合いのとおりに落札させるためにJが各社に指示する価格で入札する。」旨合意し、次いで、同年5月施行分の各入札の際に各指名業者が入札すべき価格については同年4月下旬ころ、また、同年9月施行分の各入札の際に各指名業者が入札すべき価格については同年8月下旬ころ、それぞれJがKを介して電話でX2並びに大日本印刷及びトッパン・ムーアの各入札担当者に伝え、さらに、X2がビーエフの入札担当者であるX3に同社の入札すべき価格を伝達し、前同様に同人もこれを了承し、もって、いずれも公の入札について談合した。

(証拠) 《略》

(法令の適用)

罰条

第一の行為のうち4月施行分についての各談合

行為時 いずれも刑法60条、平成3年法律第31号による改正前の刑法96条の3第2項、1項、同改正前の罰金等臨時措置法3条1項1号

裁判時 いずれも刑法60条、同改正後の同法96条の3第2項、1項

刑法6条、10条により軽い行為時の法を適用

第一の行為のうち6月施行分についての各談合、第二の各談合

いずれも刑法60条、96条の3第2項、1項

科刑上一罪の処理

いずれも刑法54条1項前段、10条(第一については刑及び犯情の最も重い6月施行分のBタイプの入札、第二については犯情の最も重い9月施行分のBタイプの入札についての罪の刑でそれぞれ処断)

刑種の選択

いずれも懲役刑を選択

併合罪の処理

刑法45条前段、47条本文、10条(犯情の重い第二の罪の刑に加重)

刑の執行猶予

刑法25条1項

(量刑事情)

一  全般的な事情

1  本件は、社会保険庁が施行した支払通知書等貼付用シールの印刷納入に関する指名競争入札に絡んで大手印刷企業等の社員らにより行われた大型の不正談合事案であるが、本件談合は、長年にわたる印刷業界の協調、談合体質に根ざし、かつ、日常的な企業活動の一環として行われたもので、公正な価格を害して多額の不正な利益を得る一方、社会保険庁の予算を食いものにしたのであって、悪質な犯行として社会的にも強く非難されなければならない。

(1) 本件シールは、社会保険庁が厚生年金、国民年金、船員保険年金の受給者等のプライバシー保護の目的で、平成元年度から導入したもので、支払通知書、振込通知書等に、隠す部分の面積に応じてA、B、Cの3タイプのシールを貼り付け、支払額や振込額が第三者に見えないようにするとともに、剥せば再度貼り付けることができないため第三者が剥すことを間接的に予防しているものである。その発注枚数と金額は、例えば平成3年度だけをとってみても合計約1億7000万枚、約17億円という大量、巨額に上り、同庁の発注した同年度の印刷業務費約43億円のうち約4割を占めている。しかも、本件シールの需要は、年金受給者の増加に伴い大きく伸びていくことが予想されていたのであって、印刷業者にとって多額の売上げ、利益の見込まれる営業上極めて重要な受注物件であった。

また、本件の談合には、印刷業界最大手の大日本印刷をはじめとして、ビジネスフォーム部門で業界上位を占めるトッパン・ムーアらが参画しているのであるが、印刷業界においては従来から談合体質が顕著であり、特に、官公庁の入札の際には長年にわたり業者間の協調の名のもとに自由競争を回避する談合が行われてきたことから、社会保険庁が本件シールを採用したときにも、有力企業として入札指名業者に指名選定された本件業者らは、その社会的責任を忘れ、専ら自社の売上高の確保と利益の獲得のため、当然のごとく違法な談合行為へと走ったのである。このように、本件は、官庁を舞台として大手を含む企業により敢行された大規模な談合事案である。

(2) 本件談合行為の態様は、巧妙かつ計画的で、悪質なものである。

本件各指名業者は、社会保険庁から入札予定価格決定の参考にするためにシール原価の参考見積書を提出するよう依頼されたのであるが、その際、関係各社の担当者が落札価格を高額にしてより多くの利益を得ようと通謀し、各原反(原紙)メーカーに働きかけてシール原価の大部分を占める原反の価格を大幅に水増しして報告させ、自らも加工賃等を水増しした高額の見積書を提出した経過が認められる。その結果、社会保険庁では、シールの入札予定価格を適正な価格よりも高額に積算し、その誤った積算方式が本件発覚まで基本的に踏襲されていたのである。

そして、入札に当たっては、水増しして高額となった社会保険庁の入札予定価格にできるだけ近い価格で落札して最大限の利益を獲得するため、最初は予想される入札予定価格を大きく上回る価格で入札を始め、その後少額ずつ入札価格を下げていったり、談合の発覚を免れるため、入札予定価格近くになるまでは、落札予定業者以外の会社が一時的に最低価格で入札したりしていた。また、各指名業者は、入札が行われる度、事前に小林記録紙のJから最初の数回分の各入札価格、その後の1回ごとの下げ幅などを細かく指示されていた。その結果、毎回ほぼ予定どおりに、談合で決められた落札予定業者が落札予定価格に近い高額で落札することに成功していた。

さらに、各指名業者は、本来自社の工場でシールの印刷製造を行うことを前提に入札の参加資格を与えられていたにもかかわらず、落札した仕事のほとんどを他の業者に下請けさせ、社会保険庁に対しては自社工場で製造したかのように装っていたものであり、平成4年度分を除けば、「回し」と呼ばれる方法、すなわち、実際には印刷製造を全く行わずに伝票の操作だけで落札業者が他の談合業者等に順次下請けに出したことにする方法を採って、落札業者はおおむね落札価格の8ないし10パーセント、「回し」の中に入る業者はおおむね受注価格の4ないし5パーセントという利益率で、それぞれ受注代金と発注代金との差額を利益として取得していた。これは、実質的には、落札代金と実際に仕事を行う業者への発注代金との差額を談合金として各業者間で分配していたといえるものであって、大手印刷業者としての実績と信用に基づく指名競争入札制度を悪用したものにほかならない。

(3) 結果が重大であり、社会保険庁は大きな損害を被った反面、各談合業者は多額の不正な利益を得ている。

本件犯罪事実にかかる平成3年度から平成4年度までの各入札における実際の落札価格は、シール1枚当たり9円32銭ないし83銭であり、他方、本件で各指名業者が談合行為をせず自由競争(いわゆる「叩き合い」)で入札を行っておれば、本件証拠関係のもとにおいては、シール1枚当たりの落札価格が約7円となり得たことが認められる。この差額が社会保険庁の被った損害ということができ、代金が支払われなかった平成4年9月分を除くと、その損害は、総額にして約5億5000万円余りに及んでおり、その支払いが厚生年金、国民年金など国民から徴収される保険料収入によって賄われているものであることを考えれば、本件談合行為は、このような国民から徴収された金員を不当に多額に支出させた上、それを業者間で分配取得したものとして、社会的に強い非難に値するものといわなければならない。

(4) 本件談合業者及び被告人らは、印刷業界の別件談合が摘発された後もなお談合行為を継続していたものであり、談合体質は根深い。

平成3年に日本道路公団の発注物件にからむ談合が公正取引委員会に摘発されて印刷業者への立入調査が行われ、平成4年4月にはその排除勧告が出された。しかし、各社とも表面的には談合をやめるような態度をとりつつも、実際には談合の明確な証拠となる伝票操作による「回し」や小切手決済をやめるよう指示しただけであって、談合行為自体をやめようとはせず、談合によって受注することを予定した売上目標額を設定するなどしていた。そして、本件シールについても、売上げが前年度実績よりも急激に落ち込むことを極力避けるため、「回し」はやめるが談合自体は続けることを合意したのである。印刷業界には根深い談合体質があるといえる。

2  以上のように、本件談合行為に加わった各業者の担当者である被告人らの責任は重大であるが、他方、本件入札を実施した社会保険庁の側にも、今後改善すべき点がなかったわけではない。

本件シールの入札にあたり、社会保険庁は指名競争入札方式を採用したのであるが、その際、従前の実績を重視して指名業者数を4社という少数に絞ったこと、1回の入札による発注数量を大量なものにしたことなどは、談合防止の観点から今後改善が検討されるべき事項であると思われる。

また、本件シールの入札予定価格の見積りが過大になされたことについても、社会保険庁側にも問題があった。本件シールは導入時はいまだ一般に普及していなかった特殊技術による製品であり、社会保険庁の担当者にその専門知識がなかったことはやむを得ないとしても、取引の相手方である指名業者やその関連の原反業者に見積り等を求めれば、業者の利益を少しでも大きくするため過大に見積もられた数字が出てくることは容易に想像できることである。にもかかわらず、多額の予算を費やすことが予想される本件シールの入札予定価格を積算するに当たり、当時すでにシールを使用していた民間企業の発注価格等を調査せず、見積りを指名業者任せにし、提出された見積額に形式的に数パーセントの査定をしただけで入札予定価格を決定したものであって、その結果シールの代金として過大な支出がなされ、国民が拠出する保険料を無駄遣いしてしまったことに対しては、社会保険庁としても反省が求められているというべきである。

二  被告人個人の情状

1  被告人は、平成3年4月に大日本印刷の社会保険庁担当課長となり、同年4月施行分の入札から以後本件発覚まで、入札期日として4日分、合計10件の入札についての談合に直接関与したものである。被告人は、右期間を通じ、小林記録紙東京支店会議室での協議に大日本印刷の担当者として出席し、いわば最大手会社の第一線の現場責任者として会社の売上増大、利益確保のため積極的に話合いに参加しており、本件談合において重要な役割を果たしている。

また、被告人は、談合を通じて会社の営業成績を伸ばす一方、伝票操作で利益を産むという「回し」の手法を悪用し、関連業者に架空の下請けに出す「利益投げ」と呼ばれる架空取引を行って多額のリベートを受け取っていたのであり、被告人の言うように、その大部分を営業上の交際費や社員との懇親のための飲食費に遣ったとしても、なお、談合行為のうまみを自分の利益のためにも悪用していたとの批判を免れるものではなく、その刑事責任は重いというべきである。

2  しかしながら、他方、談合は印刷業界の根深い体質となっていたもので、被告人の本件犯行は、印刷会社の第一線の営業を担当していた被告人が、会社の営業活動の一環として従前行われていたものを継続せざるを得なかった側面があることを否定しがたいと思われる。すなわち、被告人は、昭和51年に大日本印刷に入社して以来、一貫して営業の仕事に従事してきたものであるが、大日本印刷では、他の印刷業者と同様、被告人の入社する以前から官公庁の印刷業務の入札についてほとんどの場合会社の経営方針として談合を行ってきており、営業担当者にも談合による売上げを前提にした売上目標額をその達成すべきノルマとして厳しく課し、また、「回し」についても特別な経理手続を用意するなど、いわば会社ぐるみで談合を許容、奨励していたことが窺われる。被告人は、このような企業の体質にいわば飲み込まれる形で談合に関与するようになったものであって、本件談合も、営業課長として当然遂行すべき日常業務の一つであったと位置付けることができる。したがって、本件は企業犯罪の色彩が極めて濃い事案であることから、営業担当の一課長にすぎない被告人個人を強く責めることは必ずしも当を得たものではない。

また、本件談合における幹事役は小林記録紙のJであり、従前の経緯から同人が見積書の金額の操作、入札価格の決定、「回し」の順番の決定等について終始主導的役割を果たしていたのに比し、被告人は、本件談合の主催者であったとはいえない。

さらに、被告人は、これまでに前科前歴がなく、会社の業務として談合行為に関与したこと以外には犯罪とは縁のないサラリーマン生活を送ってきたものであり、本件についても約1か月に及ぶ身柄の拘束を経験し、社会的にも強い非難を浴びるなど、既に十分な制裁を受けているほか、本件の責任を痛感して平成4年10月には大日本印刷を退職し、人生の再出発を誓い、公判廷においても率直に事実を認めて著しい反省の態度を示している。

三  以上のような事情を総合考慮すれば、本件は、大型で悪質な談合事件ではあるが、被告人個人の刑事責任という観点からは酌むべき事情もあるので、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおりの判決をすることとした。

(検察官堺充廣 弁護人長島良成 出席)

(求刑 懲役1年2月)

(裁判長裁判官 中西武夫 裁判官 髙原正良 裁判官 古田孝夫)

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